昨年の4月から塾では授業の前に塾生全員で『仮名論語』を素読(意味を考えることなく、音読のみをすること。)しております。以前から素読に取り組みたいと考え、教材をさがしておりました。一昨年、お遍路のご縁で論語普及会の常任理事宮武清寛さんの紹介をうけ、『仮名論語』を知ることとなり、すぐに論語普及会の会員になりました。そして、宮武さんには2ヶ月に一回、塾が主催する論語素読会の講師になっていただいております。
この『仮名論語』は論語普及会がだれもが素読できるようにと発刊したもので全文を読み下し文にし、全漢字にふりがなをつけてあるので小学生でも比較的容易に素読ができます。論語は孔子による儒教の教えを伝える書物で、日本では昔からひろく教養書として親しまれ、日本人の魂を培ってきました。聖徳太子が創案した十七条の憲法の「和をもって貴しとなす」はこの論語からその言葉を引用しているものと言われています。また、切磋琢磨・温故知新等のなじみの深い四字熟語もこの論語からの出典とされています。 さて塾での素読ですが、私が文章の句点のところまで音読し、子ども達がそれに続けて音読します。2ページ読み2回繰り返します。所用時間は約5〜6分。週2回のペースだと1年半で論語全20巻を読破できます。現在2回目の素読に入り、当初たどたどしく読んでいた子ども達も力強く、正確に読めるようになってきました。まさに『継続は力なり』です
この激動・流動の時代に流されることのない人としての根幹となる規範を子どものころに教えることが必要なのです。そして、その規範は日本人が今まで大切にしてきた古典に多くを求めることができます。その古典の中で、『論語』は人としての正しい生き方を学ぶため、時代に関係なく読み継がれてきた優れた書物です。子どものころには分からなくても、素読を通して人として大切なことを刷り込んでおけば、大人になってから様々な経験をつむことで、自らの規範を身に付けていくことができます。論語の素読を日本の将来を担う子どもの育成に活かしていきませんか? 今回ご縁あって論語普及会の村下好伴会長の素読CDを企画・録音させていただき、友人の経営するグローバルサクセス(株)から発売することになりました。子ども達に『論語』を素読させたいが、どのように読めばよいか。まずは、先生自身の素読のお手本としてご活用下さい。
音読は字を「目で追い」それを「音声化」し、その「音声を聴き」、正確に読んでいるか「チェック」し、間違っていれば「修正する」という5つ以上の動作を同時に行っていますから、脳はフル稼働です。ちなみに音読は東北大学教授の川島慶太先生は「脳の活性化」に著しい効果をもたらすと結論づけています。パソコンでよく言われるマルチタスクをこなしているからでしょう。そういう意味では、音読は子どもにとって決して易しいことではないと言えます。このことは通説となっている「音読のしっかりできる子どもは学力が高い」ことの一つの裏づけになるのではないかと思います。 ご存知のように、音読にはα読み(既知読み)とβ読み(意味の分からない文章を読む)があります。教科書は前者、『論語』は後者の読みになります。幕末の思想的支柱となった吉田松陰先生、ノーベル賞受賞者の湯川秀樹博士はともに幼少のころ四書五経を素読したと言われていますが、これはβ読みにあたります。
β読みの良い点は一字一句の文字をしっかり見ないと、またしっかり聴かないと音読できないことです。このため、集中力がつき、さらに初めて出会う文章に対する恐れがなくなり、ふつうの文章を読むことが非常に楽になります。さらに、本を読むためには数多くの音読の経験が必要であることからも、音読することの意義はきわめて大きいと言わねばなりません。学習の基本は先生の話を聴くこと、テキスト・問題の文章をしっかり読みこむことです。この力を伸ばせば学力は自然と上がってきます。詳しくは、ホームページのはじめに・塾長のコラム「読書をするということはどういうことか」「音読について」をお読み下さい。
この激動・流動の時代に流されることのない人としての根幹となる規範を子どものころに教えることが必要なのです。そして、その規範は日本人が今まで大切にしてきた古典に多くを求めることができます。その古典の中で、『論語』は人としての正しい生き方を学ぶため、時代に関係なく読み継がれてきた優れた書物です。子どものころには分からなくても、素読を通して人として大切なことを刷り込んでおけば、大人になってから様々な経験をつむことで、自らの規範を身に付けていくことができます。論語の素読を日本の将来を担う子どもの育成に活かしていきましょう。
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